現代の中国が抱えている問題について考える

白 潔 (ハク ケツ) 中国 信州大学農学部応用生命科学科4年

 皆さんは中国にどのような印象をお持ちだろうか。中国の土地に足を踏み入れたことがある方は何を見、何を感じただろうか。「物が安い」、「汚染がひどい」、「中華おいしい」、「人口多すぎる」、「中国人変わってる」…おそらくそれだけにとどまらないだろう。確かに周知のように、現在の中国は驚くほどのスピードで発展している。しかしながら、やはりあらゆる分野で多くの問題を抱えている。
 最近、NHKで「関口知宏の中国鉄道大紀行」が放送された。約四万キロを列車で移動し、中国の人々、現地の生活、町の様子までそのまま日本の人々に伝えた。中国人でもこのように全国を回ってみるチャンスはなかなかないと思う。カメラが映った映像の中には、中国人である私でも初めて知ったこと、恥ずかしく感じたこと、誇りと思ったこと等はたくさんあった。とても考え深いと思った。この数年間日本での生活を通じ、日本と中国の社会・文化・経済等の様々な面における違いを実感し、その深刻さについて考えるようになった。「違い」というより「差」と言ったほうがふさわしいかもしれない。
 鴉片戦争以前の中国と日本は鎖国し、ヨーロッパの振興文明との接触はほとんどなかった。1840年、イギリスの清国侵略により、中国は開国を余儀なくされた。その数十年後、日本は中国と同様に、欧米列強との間に多くの不平等条約が結ばれた。しかし、中国も日本もこうした外圧に屈することはなく、「富国強兵」という共通の目標を立て、欧米列強と対抗できる国力を育てようとした。しかしながら、この時点の日本は欧米ところか、科学技術も文化も中国との間にすら何十年という格差が存在していた。ところが、次第に世界的な先進国の列に並ぶ日本に対し、現在の中国は依然として発展途上国の地位にとどまっている。日本という無名の島国は、一気に中国より何十年も先を行く先進諸国への仲間入りを果たした。なぜこのような結果になってしまったのか。その理由は、まさに現在中国が抱えている問題にあり、実にわれわれ中国人が注目すべき、反省すべきところではないかと思う。
 中国は日本よりも先に進むはずの客観的な条件を多く持っている。中国の国土は広く、資源が豊富であるのに対して、日本の天然資源は非常に少ない。中国の人口が多いが、人口密度は約日本の1/3しかない。また、鴉片戦争以来、中国に対する欧米の投資は日本に対するものよりもはるかに多い。したがって、中国はこれほど有利な条件を有するにもかかわらず、日本より後れてしまったのは、明らかに中国人自身に問題があると考えられる。あえて言うと、中国人が持ついくつかの国民性が中国の発展を妨害しているのであろう。
 中国国内の貧富の差が大きいことが知られている。多くの地域はいまだに貧困から抜け出すことができない要因は、自尊自大の国民性にある。中国人はいつも自分の長所ばかりを強調し、逆に他人の欠点を過大視する傾向がある。先進国に学ぼうというと、中国は中国なりの長所があり、他国は他国の短所があると多くの中国人はまずこのように主張する。「上下5000年」の歴史がある中華文明に対する欧米文明の優位性については、中国人が決して認めようとしない。しかしながら、長い歴史という誇り以外、何もないのではないだろうか。謙虚で勉強好きな日本人が二回もノーベル文学賞を受賞した一方、中国人はいまだに文学賞を獲得したことがない。中国人はこのようなことは中国現代文学が日本のより劣っているためのではなく、むしろノーベル賞の評価のしかたに問題があると理解している。中国人のこのような自尊自大の態度は、他国とお互いに学びあい、長所を取り入れ、短所を補うことを妨げている。今のままでいると、日本、そして世界を追い越す夢を実現させることは難しいだろう。
 中国人は自己中心、私利私欲であり、自分の利益に対して非常に敏感である。中国でバスに乗る時に、席を奪い風景をよく見かける。仕事場で少しでも他人より多く働いたら損すると思う中国人も少なくない。結局、みんなが仕事をサボることになりかねない。50年代から、日本政府はアメリカに大量の留学生を派遣し、学問を修めたほとんどの日本人は帰国し、国のために力を尽くしている。この数十年間の間、中国政府も外国に多くの留学生を派遣した。一方、外国で身につけた知識を中国に持ち帰り、中国人全体を貧困から脱出させるという責任を担おうとする者は少なかった。このためか、今までノーベル賞を獲得した中国籍を持つ中国人は一人もいない。中国にとって、このような「玉の輿」は悲しいことであり、恥でもある。私利私欲で頭が充満されている中国人は世界先進の民族への仲間入りを果たすことはおそらく不可能であろう。
中国人は仲間競争が好きである。好きというより、絶対負けない気持ちが強すぎて、本能的に争っていると言ったほうが妥当だろう。無論、日本人にも仲間競争があるが、それには限度がある。日本人はチームワークが得意であり、十人集まれば何でも対応できる。ところが、中国人が集まると、逆に「散乱している砂」になると言われている。歴史を振り返ると、中国人同士の争いが中国にもたらした被害は、外国の侵略によるものをはるかに超えていることが分かる。なぜ日本人は一心団結できるが中国人にはできないだろうか。弱々しい紙一重では絶対紙縒りに勝てない。ばらばらである中国人は、結局、団結力の強い日本人との競争で惨敗してしまうだろう。
 実は、先進国、特に小さな島国である日本になかなか追いつかないという事実は、中国人は自身の恥であると考えている。日本はここまで発展してきたのは日本人自身のおかげである。しかしながら、中国人は日本人の優れたところを決して見習おうとしなく、真正面から評価するところか、すべてを批判しようとする。ある中国人はこう言った。「自分にいい訳を求める手段として日本に批判を展開する人々は、中国人の自尊心を満足させるだけで、中国の発展と進歩に何の役割も果たせないのである」。私はまさにその通りであると思う。中国が日本に追いつけないのは、結局、中国人自身の抱えている問題があまりにも多すぎることにある。あえてここで取りあげたのは国際社会に適していない中国人の国民性の一部にすぎない。「知彼知己、百戦不殆」という中国の諺がある。自分の短所を他人の長所と照らし合わせ、中国人が自ら認め、耐えずに解決することに努めざるを得ない。そうでない限り、中国が日本に追いつく夢は泡のように消えてしまうだろう。
 天の時は地の利に如かず、地の利は人の和を如かず。これからわれわれ中国人は、豊な資源を大切にし、常に謙虚に自分のできることを考え、学び、現在中国が抱えている問題を一つ一つ改善・解決すれば、中国人自身の力で発展への新たな道を開くことができると信じている。