信州が心の故郷
信州大学総合工学系研究科地球環境システム学科3年  門 雅莉 中国

 私は中国から、故郷は東北の瀋陽です。瀋陽市は遼寧省の中部地域に位する省都で、政治、経済、金融、文化及び交通の中心地であり、東北地区にある最大の中心都市です。人口は800万人です。地理環境にも恵まれて、地勢が平かで、温帯大陸性モンスーン気候に属しています。鉱物質源が豊富ですので工業地盤がしっかりしており、機械工業を主として、化学、冶金、軽工業、紡績が盛んです。更に瀋陽市は『風水の宝地』と言われており、清王朝の発祥地として良く知られていて、清太祖ヌルハチ、第二代目皇帝の皇太極のお墓は瀋陽にあり、毎年多くの観光客をひきつけています。
 中国と日本は一衣帯水の隣、友好交流の歴史は淵源流長です。昔日本(公元607年)の小野妹子が遣隋使として中国に来ました。中国唐の僧鑑真のように、日本に渡って活躍した人もいます。
 私は初来日本へ、環境保護分野の国際技術交流員として、神奈川県環境科学センタ一で、一年間勉強しました。東京大学、国立環境研究所、羽田空港、日本鋼管、自動車工場、三菱重工、東京電力、富士フィルム、キリンビール等三十以上大手企業を見学しました。東京湾アクアライン、富士山、京都、大阪、宮島、横浜、東京等私が見た場所は山や水が美しく、環境も良く、日本人も親切で、とても感動しました。
私は二回目に日本に来たときから、主人と一緒に働きながら勉強しています。池田町に住んでいます。2004年私の母は体が弱く重い病気で、私の子供の世話が無理なので、子供も日本へ来ました。池田町高瀬中学校三年で勉強しました。2005年高校を入試を受けるのは厳しかったです。
 中国と日本の教科書の内容は違います。高校入試は人生の岐路ですので、高校入学できるかどうかが大学入試にもつながります。
 毎日子供の心配をしました。その頃、長野県外国人雑誌を読みました、豊科ボランテイアセンタ一で日本語教室があると知って、すぐ子供を連れて行きました。
それ以来、毎週家族三人で一緒に勉強しました。とてもためになりました。子供は高校入試、主人は日本語能力試験一級をとりました、私も勉強よく頑張っています。特に畑山先生たちは子供に午前十時から午後四時まて教えてくれます。毎週日曜日もお世話になります、私たちは非常に感謝しています。先生方本当に有難う御座います。
 時々祖母は子供に電話で「父母は生命をやる、先生は智慧と知識をやる、師恩は山より高く、海よりも深い、いつまでも忘れないようにして下さい。」と言いました。
豊科日本語教室のパーテイーで、子供は先生ために「さくら」と言う曲をピアノ演奏しました。豊科日本語教室で日本語を勉強するだけではなく、人と人の間に橋を架けて、心が暖かくなり、本当の我が家のようです。
 光陰矢の如し、来年子供も信大入試です。子供は自己申告書をこのような書きました。「私は中国の瀋陽市に生まれました。家族は父、母と私の三人です。12歳の時に日本に来て池田町立池田小学校に入りました。一年半の日本生活後、母が病気のため中国へ帰りました。中学校三年の時、再び高瀬中学校に戻り、大町高校に進学し、今日にいたりました。日本にいる五年間に、学校の先生とクラスメート、及び周りの人に大変お世話になりました。五年間の楽しい日本生活を経て、信州はもう心の故郷になりました。当然、信州大学も憧れの大学になりました。現在、母は信州大学大学院で福島和夫先生の指導で博士後期課程を勉強しています。これも私が信州大学に憧れるもうひとつの理由です。
 私は幼稚園の時、父の影響で、パソコンに興味を持ちました。父は私にランダム出題できる数学計算のプログラムを作ってくれました。正しく答えれば、子供の笑顔が出ます、答えが誤れば、泣き顔が出ます。幼稚園から家へ戻ると、夢中でパソコンに向かい、とても楽しい思い出でした。その時、中に本当に子供がいるか不思議でパソコンの回りの隙間から中を覗きました。ある日、父はパソコンを開けて、子供がいないことを見せてくれました。本当に不思議でした。それから父は私にコンピューターの操作を教えてくれました。特に中学校と高校の時、先生と父親の指導で、大きな進歩が得られました。
 私は、パソコンに対してわからないところがまだたくさんあります。貴学でVB、VC、ネットワークに関する専門の知識を学び、大学卒業後大学院で博士後期課程に進み、情報工学博士の夢を実現したいと考えています。将来はIT産業で活躍して、学んだ知識をこの社会に恩返ししたいと思います。
 母は神奈川県知事に民際外交親善使に委嘱されました。母は日本人学生の中国瀋陽の中医大学への留学を手伝いました。それから、親族たちは日本人留学生と友達になりました。父は中国語のボランティアの先生です。中学校三年の時、三郷村国際交流日本語スピーチコンテスト大会で、日本と中国の交流は渊源流長、貿易と文化の交流だけではなく、最も重要なのが心の交流であることについてスピーチして、特別賞を受賞しました。」
 私は子供の自己申告書を読んて、涙が出ました。本当に感無量です。先生たちから色々お世話いただいたことに感激で胸が一杯になっております。一滴の恩に湧き泉で報いると言うのは中国で感謝の気持ちを表すときに良く使われている言葉です。
信州は私の心の故郷だけではなく、信州は本当に子供の心の故郷になりました。