私は住んでいる町
信州大学・経済学部・経済学科・一年生・王君廷(中国)
私の出身地は中国の瀋陽である。日本人がよく知っている大連市同じ遼寧省に。中国が鳥似る地図に探せば、鳥の首の所であり、また四季がはっきりしている所である。
瀋陽は長い歴史を持っている町である。七千年前、人々は瀋陽一帯に住んでおり。新楽遺地はそのときに残った場所である。二千三百年前に、満族人は瀋陽に城を建てた。瀋陽は中国最後の王朝、清朝の発源地である。満州人が中国を統一する前に、瀋陽に国を建て、瀋陽は清朝の首都になった。満州人は中国を統一した後に、政治的な首都は北京へ移った。そして、瀋陽は別都になり、盛京と呼ばれた。盛京の意味が瀋陽は満州人(清朝の統治者)の印象中に変わらず首都、一番重要、一番偉い所である。瀋陽には清朝の宮殿と昔の皇帝の墓が保存されている。今中国に完全な形で保存されている古代宮殿は瀋陽の故宮博物館と北京の故宮博物館しかない。
瀋陽故宮博物館は北京博物館より小さいが、満族の特徴が多くある。また、建物は漢民族の建築風と違い、少しモンゴル風の建物である。瀋陽故宮は清朝第一、二、三代の皇帝が住んでいたため、多くの文献と芸術品が保存されており、研究的、鑑賞的価値は高い。また、清朝の第一、二代皇帝の墓があり、東墓と北墓と呼ばれている。新中国の建国後は、故宮と東、北墓のような皇族有の建物も一般市民と国内の旅行者に向けて、開放され、観覧できるようになる。
このように瀋陽の歴史は長いが、あまり古い町ではない、道並みに古さは感じられない。
瀋陽は遼寧省の政治中心地である。中国の中でも発展した都市として知られている。2000年の日本・韓国ワールド・カップで中国での試合会場が瀋陽の五里河サッカー場に設定された。中国のナショナルチームは瀋陽で初めて世界中で一番有名なサッカー試合に参加できる権利をもらった。この試合をきっかけに、瀋陽の五里河サッカー場は中国全土で大変有名になった。来年の北京オリンピックのために、五里河サッカー場は取り壊され、まったく同じところに新しくて、もっと立派なサッカー場を建てられた。このサッカー場周辺は人工湖があり、自然が豊かな公園もでき、景色はすごくきれいである。北京オリンピックのサッカーの一部試合はここで行う予定である。この機会をきっかけに、瀋陽が世界的に有名な町になってほしいとのを希望している。
さらに、瀋陽には国内で有名なショッピング街があり、このショッピング街は五愛街と呼ばれている。このショッピング街では衣料品や小物が主に売られているが、商品の種類が多くて、品質が良いにもかかわらず、値段がとても安いので、有名である。また、このショッピング街を舞台に「五愛街」というドラマが作られ、人気を博した。そして、五愛街は瀋陽で旅行すると、故宮と五里河サッカー場以外に、観覧はず所である。瀋陽には、ほかにも有名なショッピング街がある。太原街と中街である。太原街は瀋陽南駅が近いので、交通にすごく便利である。また、ホテルと旅館がたくさんがあり、地元の人ばかりではなく、旅行者もよくここでショッピングしている。中街の場合は故宮が近いので、瀋陽の有名な食べ物を売る店が集まっている。老辺餃子と李連貴大餅は中国名小吃と呼ばれる。中街アイスクリームもすごく有名である。太原街と中街は歩行者天国になっていて、道の両側に立派な百貨店は大勢に立てている。その中には世界的に有名なブランド品専門店もある。
ほかにも、瀋陽の三好街はコンピュータとソフトおかけて、有名である。北京にある中関村という場所についで、中国で有名なソフト市場であり、「奉天珪谷の」と呼ばれている。(「奉天」は瀋陽の別名である。)
これらの商業より、瀋陽の経済はよく発展していき、新中国の建国直後は、瀋陽は中国で一番大きい重工業の町になった。その後80年代からは、いろいろな原因で瀋陽の主要産業は変わっていった。重工業産業ではなく、国際間の貿易を発展する。昔、老工業区と呼ばれていた鉄西区は新しい経済発展区になった。
経済発展とともに、瀋陽の人々の生活水準は徐々にたかくなってきた。瀋陽は昔は皇族が住む所と言われていたためか、その恩恵をうけ、地震や洪水のような自然災害はあまりない。そのため20階ぐらいのビルとアパートがたくさん建てられている。市民は古い家屋を離れて、新しいアパートに入居する。交通にも便利である。
市内にはバスが通っており。市内のどこへでも、バスで行くことできる。にぎやかな所、たとえば駅や商店街に行くバスは3〜5分間隔で運行している。また、2008年には、瀋陽地下鉄が開通する予定である。
このように瀋陽は住みやすい所である。
瀋陽の教育制度も整っている。海外留学制度も多くあり、その制度を利用して、私は今日本信州大学・経済学部で勉強している。
私は日本に来たばかりの時、半年間京都で日本語を勉強した。京都はちょっと古い町であるが、すごくきれいな町である。京都の人も親切であり、故郷を離れた私にとって、良い印象が残った。私の日本と日本人の印象は変わる。日本人はまじめなばかりではなく、親切で、面白い面もある。特に京都にはお寺と神社がたくさんがあり、観光地も多い。また、交通も便利であり、半年間の生活はすごく楽しかった。今でも、たまに京都の生活が懐かしいである。
今年の四月には大学に入学するのをきっかけに、松本に引っ越した。松本で最初の印象に残ったのは、やはり松本城である。日本の国宝である松本城はどの季節も、いつもきれいである。何回でも行っても、又、行きたいと思う場所である。
現在、松本に住んで七ヶ月になり、ここの生活にも徐々に慣れてきた。ここは静かな町であり、生活も簡単である。学校は留学生ためにいろいろな制度を設けている。学生が安心して勉強できるように、国際交流会館を準備しておいているので、留学生はそこに住むことができるし、そこでいろいろな活動することもできる。毎日学校で勉強するばかりではなく、少しアルバイトをやることもできる。アルバイトをすれば、経済的に助けるだけではなく、学校以外の日本人と交流できるし、日本の生活方法やと習慣はもっと知ることができる。たまに学校や市役所が留学生ための活動を用意してくれることもある、たとえば松本ぼんぼん、スキーである。松本での大学の生活はすごく豊かである。ここで四年間住むうちに、松本のことをもっと知ることができるはずである。ここはにぎやかではなく、生活はしやすい所だと思う。松本は故郷の瀋陽に似ていると思う。ここを離れたあとは必ず懐かしく感じると思う。
私の出身の町は瀋陽で、住んだことがある町は京都で、今住んでいる町は松本である。これら三つの場所に共通点はぜんぜんないが、私にとって、三つとも重要な町である。一番すきなのは瀋陽、一番懐かしいのは京都、一番住みやすいのは松本である。